(株)仙台食器厨房の歩み

 

仙台市若林区の河原町という場所は、 江戸時代、伊達政宗が仙台に作った城下町に含まれています。河原町は城下町南部の中心地となり八百屋市、薬種や繰綿(実綿より種子を取り出したもの)を業とする商人が軒をつらね、商いの町として活気あふれていました。(株)仙台食器厨房は今も変わらず、この河原町という地区に社屋を構えています。

 
 
 
 

1913年(大正2年)

◆創業当時

創始者田代とらにより2度の移転ののち現在の河原町にて陶器店を創業。当時とらは毎日大八車を押してで駅まで仕入れに向かい、たくさんの商品を運び入れ、人々に喜ばれた。

▲河原町その歴史と街なみ 伊勢民夫/鵜飼幸子・編著より
◆昭和初期のころ

イソライトかまど  昭和初期耐火煉瓦を珪藻土(けいそ うど)やモルタルで固めタイル張りを 施した薪かまど。 田代商店でも、ご飯を炊くデモン ス トレーションを各地で開催。 大勢の人々でにぎわった。

▲デモンストレーションの様子

 

1949年(昭和24年) 法人設立株式会社田代商店となる

河原町は商いの町として栄え、南の玄関口として商業・文化のひとつの拠点であっ あた。 当時はこのような瓦葺、な まこ壁の商店が立ち並んで いた。 昭和26年には商工会議所と の共催で流灯花火大会が開 催され、昭和42年まで続いた。 現在は七夕前夜祭の行事と して場所を変えて受け継がれ ている。

▲株式会社田代商店

 

1970年(昭和45年)卸町に支店を開業卸売市場に支店開業

◆2代目社長 

田代權一郎の時代 日本経済が飛躍的に成長した時代。商品も仕入れる端から飛ぶように売れて行く時代であった。田代商店も消費地問屋として体育館のような倉庫を持ってガンガン仕入れてジャンジャン売っていた。幸せな時代でありました。

▲昔は、こんな感じの広ーい倉庫が必要だったんです
 

1978年(昭和53年)
宮城県沖地震発生!

宮城県沖地震により商品も大量に破損した。
昔からある古い蔵は屋根瓦が落ち中の商品も散乱し、大変な損害を被った。

▲宮城県沖地震後の倉庫蔵

 

1989年(平成元年)社名変更株式会社仙台食器厨房

◆3代目社長

うちにとっては変革の時代。組織を変え、社名を変え、さらに新たな事業展開と、現在進行形で懸命に取り組み中!

▲新社屋完成、峰岡氏により描かれたガレリアの壁画
 

 


▲新たな事業展開を図るべくパソコンスクール開校

 

 

 

 

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